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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)135号 判決 1991年3月22日

原告 加藤和子

右訴訟代理人弁護士 大竹秀達

同 吉川基道

同 藤田康幸

右訴訟復代理人弁護士 中村誠

被告 地方公務員災害補償基金東京都支部長 鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士 大山英雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、地方公務員災害補償法に基づき昭和五九年二月一三日付けでなした公務外認定処分を取消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  加藤美水(以下「美水」という。)は、昭和二年一〇月三一日の生まれで、昭和三二年六月一六日から東京都立町田高等学校に保健体育科教諭として勤務していた。

美水は、昭和五五年四月一七日午後四時三五分ころ、同校用務員室において、清掃用具に関するメモを取っていた際気分が悪くなり、心筋梗塞により死亡した(以下「本件災害」という。)。

2  原告は、美水の配偶者であるが、昭和五七年一二月二〇日、地方公務員災害補償法に基づく公務災害認定請求を行ったところ、被告は、昭和五九年二月一三日、本件災害が公務上のものとは認められないとの決定を行った。

原告は、地方公務員災害補償基金東京都支部審査会に対する審査請求、地方公務員災害補償基金審査会に対する再審査請求を行ったが、いずれも棄却された。

二  争点

美水の死亡は、地方公務員災害補償法に規定する公務上死亡した場合に該当するか。

第三争点に対する判断

一  公務起因性の判断基準

地方公務員災害補償法にいう「職員が公務上死亡したとき」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、公務と死亡との間に相当因果関係の存在が必要である。当該職員が体質的素因、生活習慣上のリスクファクターを有していても、当該公務が死亡という結果発生の相対的に有力な原因と認められる場合には、右公務と死亡との間には相当因果関係の存在が肯定される。

原告は、公(業)務上外の判断は、疾病と業務との因果関係を労災法上の見地から明らかにすることにあり、結局業務と疾病との合理的関連性の有無によって判断されるべきものである、すなわち総合的考慮のうえ傷病等につきそれが労働関係上の危険の発現としての性格が認められれば業務上となるということができ、その具体的判断基準としては、1疲労の蓄積、2業務過重性(当該業務が当該労働者にとって過重であったかどうか)、3迅速・適切な治療機会の喪失(特殊環境、業務の継続、使用者の適切な事後措置の概念)、4使用者の健康管理義務違反が重視されるべきである、と主張する。しかしながら、地方公務員災害補償法による職員の災害補償は、公務災害を受けた職員に対して無過失の損害賠償責任を負う地方公共団体の代行機関として設けられた地方公務員災害補償基金が迅速かつ適正な実施を行うものであること、基金の業務に要する費用は地方公共団体の負担金等をもって充てられることを考えると、原告の右主張が、前記相当因果関係の認められる範囲を越えた死亡をも公務に関連する死亡として、補償の対象にするというものであるならば、失当である。

二  心筋梗塞とその死因

美水の死因である心筋梗塞とは、左右の冠状動脈の本幹又は太い分枝が急に閉塞し、冠血流量の急減、心筋壊死がおこるものである。冠動脈硬化により発生することが最も多い。

発症のリスクファクターとしては、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症、喫煙、年令、性別、肥満、気象条件、心因等が上げられる。ただし、肉体的労働で急性心筋梗塞の発症をみることは少なく、安静時ないし睡眠時に発症することも多く、急性心筋梗塞の発症誘因を明らかにすることは困難である。

心筋梗塞の場合には次の所見が認められる。

大部分に一〇〇〇〇ないし二〇〇〇〇程度の白血球増加がみられ、発作後数時間で増加し始め、通常約一週間で正常化する。GOTは六ないし一二時間で増加しはじめ、二四時間から四八時間で最高値、多くは四ないし七日で正常化する。LDHも一二時間から二四時間で上昇しはじめ、八ないし一四日で正常化する。HBDはLDHとほぼ同じ変化をする。CPKは一二時間までに上昇し、五日から七日で正常化する。

三  美水の体質的素因等

1  高血圧は、冠動脈硬化を促進させ、虚血性心疾患発作の直接的引金となるものであり、特に拡張期高血圧が発症率が高い。美水の教職員循環器系第二次検診における血圧の値(mmHG)は、昭和五〇年度が一三八―一〇二(軽度高血圧との診断)、五一年度が一三二―一〇〇(軽度高血圧との診断)、五二年度が一四四―一一〇(高血圧との診断)、五三年度が一四二―一〇六(軽度高血圧との診断)であった。

2  高脂血症は、脂質の中のひとつ又は複数が正常値を越えている場合をいい、動脈硬化の促進因子となる。美水は、死亡当日である四月一七日の関東中央病院での検査においてコレステロール(二六八mg/dl、正常値は一四〇から二六〇)、βリボタンパク(八〇〇mg/dl、正常値は二〇〇から五〇〇)が高かった。

3  肥満は、循環系の負担を増し、他のリスクファクターを増強させる。美水は、身長一七四センチメートル、体重七八キログラムで、太り気味であった。

4  糖尿病は、動脈硬化促進因子として重要であり、特に高血圧を合併したときに著しい。美水は、昭和五三年度の健康診断において尿糖が定性プラスとなり、糖尿病疑いと診断された。しかし、美水は、特別指示を受けたブドー糖負荷試験の精密検査を受診しておらず、昭和五五年四月一七日の検査においては、美水の尿糖は定性プラス二であったが、血糖値は一〇一mg/dlであり、糖尿病の既往は明らかではない。

5  喫煙

喫煙は血液凝固性を高め、酸素の運搬能力を低下させて虚血状態を招く。美水は、若いころから死亡の一か月前まで喫煙を継続していた。

6  年令、性別

心疾患による死亡の頻度は高齢になるほど高くなり、男性の発症、死亡は女性よりはるかに多い。美水は死亡時五二才の男性であった。

7  美水には右各体質的素因があるほか、前記教職員循環器系第二次検診の心電図検査により、昭和五一年度、五二年度にいずれも軽度心筋障害、昭和五三年度に陳旧性心筋梗塞疑いと診断されていた(心筋障害とは冠動脈硬化症ともいわれる。)。ただし、右陳旧性心筋梗塞の既往は昭和五五年四月一六日、一七日の心電図検査結果から否定される。なお、右軽度心筋障害が公務により生じたものとの主張立証はない。

8  A型行動様式

個人の行動様式のなかには心筋梗塞のリスクファクターとされるものがあり、A型行動様式と名付けられている。

A型行動様式とは、職業上の目的達成のために、あるいは社会的業績を挙げるために、非常に精力的であり、競争心は強く、一面誠実であり、努力家であり、性急であり、短気であり、攻撃的であり、時間に追われているという特徴を有する行動様式であり、美水の行動はA型行動様式にあたる。

四  美水の勤務状況

1  前記のとおり、美水は、体育科の教諭であったが、町田高校の体育科には、専任の教諭が男性五名、女性一名、非常勤講師が男女各一名いた(昭和五五年四月一日当時)。美水は、昭和五四年、五五年とも体育科の主任として体育施設全般(体育館、グラウンド、コート等)の環境整備、管理をした。その授業受け持ち時間は、週一六時間(一年生の一六時間の内八時間、三年生の一二時間の内八時間)であった。ただし、昭和五五年四月は、新年度の行事等のため一〇日から一五日までの間に計一一時間を担当した。他の五名の常勤教諭の授業受け持ち時間も一六時間ないし一七時間であった。美水は、PTA体育部副部長を兼務し、教職員側の責任者であった。また、クラブ指導は野球部顧問を続けてきていた。なお、他の常勤教諭もいずれも学級担任若しくは校務分掌及びクラブ顧問に就任していた。

美水が昭和五四年四月から本件災害発生までの間に取得した年次休暇は一日であった。

(当事者間に争いがない事実)

2  昭和五四年度末及び昭和五五年度新学期から本件事故当日までの職務実態

美水の校務分掌は昭和五四年度は庶務部であった。庶務部は、卒業式を企画し、実施することになっていた。昭和五四年度の卒業式は昭和五五年三月八日に行われたが、美水は、卒業式委員会等の企画、運営に携わり、卒業式会場作りの責任者となり、卒業式当日は進行係り(司会)をつとめ、式終了後式場の後片付けの指導を行った。昭和五五年度の美水の校務分掌は、保健部であった。保健部の主な担当業務は生徒の健康管理、校内の衛生・美化、学校内外の清掃指導である。昭和五五年四月五日の保健部会の打ち合わせで、美水は、宮崎和枝教諭とともに清掃係を担当することになった。昭和五五年度は四月八日に始業式、九日に入学式があったが、美水は、四月八日には、大掃除実施の指導管理のほか、靴箱の上に放置してあった使い古しのスリッパ等を一輪車で運び処理するという作業に従事し、同月九、一〇日には入学式の後片付け等を行った。その他本件災害発生前二か月(二月一八日から四月一五日まで)の間の美水の職務状況(授業時間、校務分掌、クラブ指導等)は別表記載のとおりであり(別表中研修日とは勤務を要しない日、職免とは職務に専念する義務を免除された日である)、四月八日から一六日までの間の超過勤務時間数は一八時間となる。

(当事者間に争いがない事実)

3  四月一六日の状況

同年四月一六日は、新学期の健康診断検査の第一日目にあたり、全校生徒(二七クラス一二〇〇名強)を対象にした身体計測・X線間接撮影及び教職員を対象にしたX線間接撮影が実施された。その企画、実施の中心は保健部が当たった(美水は、保健部に属する四名のうちただ一人の男性教諭で、最年長であり、実質上のまとめ役であった。)。当日は検査実施のため特別時間割が組まれ、第四時限はカットのうえ授業時間が短縮され、昼休みも平常の四五分が三五分に短縮されていた。X線検査は、朝からクラス毎に逐次行われ、身体計測は昼食後午後零時三〇分から一斉に行われることになっていた。美水は、当日の身体検査全体の総括的な責任者であり、全生徒一二〇〇名の身長・座高、男子生徒の胸囲・体重の測定責任者であった。

美水は、午前八時に登校した。登校後グラウンドの状況を点検し、クラブ活動の様子を見た後、計測の準備、連絡のため、保健室及びX線間接撮影が行われる給食ホール近辺などを動き回っていた。午前八時五〇分にレントゲン車が到着し、X線撮影の準備にかかったが、検査に必要な各クラスの生徒のゴム印箱を集めていなかったことに気付き、保健部に属する教諭四名は、構内各所に散在する各教科毎の職員室を回って、これを集めてきた。美水は、午前九時ころ、X線間接撮影や授業の連絡のため、第三棟二階の教室に行こうとして階段で気分が悪くなり、壁を伝いながら放送室までたどり着き、しゃがみこんだ。たまたまそこを通りかかった後藤道子教諭が、美水を発見し、直ちに職員室に急報し、救急車を要請した。

美水は、午前九時三〇分ころ、原町田病院で樋口正元医師の診療を受けたが、救急車の担架に乗るのも、病院のベッドに移るのもレントゲン室に行くのも、すべて自力でしていた。診療後、樋口医師は付き添った後藤教諭に対し、「たいしたことはない。心配ない。」と述べている。右の検査結果によれば、血圧の値は一二二―一〇〇であり、心電図上ST波低下の所見、すなわち虚血性変化が認められ、樋口医師は、当時狭心症を一番に考えた。(同医師は、昭和五七年四月七日付け、同年一一月一〇日付けで、心筋梗塞の疑いあるいは不可逆性の心筋梗塞への発展の危険を考慮し、本人に入院治療を勧めたが、多忙を理由にして職場に戻った旨の診断書等を作成している。)。

美水は、午前一〇時三〇分ころ帰校し、授業に出ようとしたが、同僚に止められたので、保健部の他の職員がX線間接撮影を実施していた間、身体計測の準備作業として、計測会場(第一棟二階)に行って点検したり、保健室(第二棟二階)に置いてある測定用具(身長、体重計等)を点検・確認したりしていた。午前一一時三五分に第三時限が終了した。昼休みの間、美水は、持参した弁当を食べ、係の生徒を指導したり、段取りを整える等の準備作業を行った。午後零時一〇分から身体計測の準備が開始された。美水は、生徒を指導して各会場(合計一七箇所)の机・椅子の移動を行わせたり、保健室(第二棟二階)に置いてある検査器具を各会場に運ばせ、所定の位置に配置して準備を完了した。会場になる各教室は午前の授業が終了し、昼食が終わった後でなければ会場設営ができなかったので、これら一連の作業を二〇分間で完了させる必要があった。美水は、この間に各会場をまわって準備作業の指揮監督に当たった。

検査中、美水は自らが測定責任者であった全生徒の身長・座高(第一棟二階)及び男子の胸囲・体重(第一棟二階)の測定を指導し、視力(第三棟四階三階二階)、色覚(第一棟一階)、聴覚(第一棟三階)の検査会場に足を運んで進行状況の把握や指示等に当たり、本部の置かれていた第一棟一階の教室にも適宜待機して全体の進行状況の把握等を行い、随時放送室(第二棟一階)に行き、生徒の移動や検査の注意等の指示を行った。午後三時一〇分に計測が終了し、美水は、検査器具の片付け、教室の机・椅子等の配置、後始末、清掃を指導実施させた。その後美水は、体育職員室にもどり、業者と体育着や体育用品の選定について打ち合わせをした。午後四時から校庭において野球部の練習を指導し、クラブの終了と生徒の下校を見守り、午後五時三〇分過ぎに下校した。帰宅後美水は妻に、今日は疲れた、早く寝たい、と述べた。午後七時四〇分ころ同僚の森下教諭から美水に電話があり、専門医の診断を受けることを勧めた。美水は、午後九時に就床した。

(当事者間に争いがない事実)

4  四月一七日の状況

同月一七日、美水は、午前八時二〇分に登校し、保健体育科の池田満治教諭と一校時から四校時の美水担当の授業の打ち合わせをすませたうえで、関東中央病院に診察を受けに、午前九時ころ学校を出た。関東中央病院では、小須田達夫医師の診察を受け、諸検査を受けた。その際美水は同医師に今朝及び一時間前にめまいがした旨告げている。同医師は検査結果を聞くための再来院を指示し、虚血性心疾患、とりあえず一週間の休養を要する旨の診断書を作成して、美水に交付した。

その検査結果によれば、白血球数は七九〇〇/mm3、GOTは四五U(正常値は一四から三四)、LDHは三〇四U(正常値は二〇〇から三九〇)、a―HBDは一〇三U(正常値は六一から一三三)、CPKは五四u(正常値は〇から三八)との数値が認められ、心電図のV3、V4上にはいわゆるQS型波形がみられなかったから、前記心筋梗塞の場合に認められる所見に照らせば、四月一七日の検査時の数時間前までは心筋梗塞は生じていなかったものと推認される。

美水は、午後二時三〇分ころ帰校して、宮崎教諭と保健部の予算請求等につき打ち合わせをしたのち、午後三時ころ、用務主事室に行き、武内君雄主事らと清掃用具について打ち合わせをした。その後、美水は、清掃用具の数を調べて用務主事室でメモをとっていたが、午後三時三〇分ころ気分が悪くなり、定時制用務の大貫清次主事に体育準備室への連絡を頼んだ。午後三時四〇分ころ、保健体育科の井村教諭、佐藤教諭らがかけつけ介抱した。その後、救急車が呼ばれ、医者や救急隊の処置を受けたが、午後四時三五分死亡した。

(当事者間に争いがない事実)

5  校庭の立地条件

町田高校の校舎は、第一棟から第三棟までの校舎が中心の施設であるが、生徒数の増加に伴って、何度も増、改築がなされたため、各教室、職員室等の配置等に統一性を欠き、各棟間の連絡には後に取り付けられた連絡用通路を通るか、一旦一階に降りて吹きさらしの渡り廊下を通るかしなければならず、連絡用通路の付けられた位置が、教室棟の東側にかたよっているため、長い距離を歩き、あるいは多数の階段を上り下りしなければならない。第一棟と第三棟とを結ぶ連絡通路は、両棟の一階にあるふきさらしの渡り廊下と第一棟二階と第三棟三階とを結ぶ段差のある連絡通路があり、第一棟と第二棟は一階で連絡する通路があるが、第二棟と第三棟を結ぶ通路はふきさらしで、一旦校舎の外に出るかたちとなる。また、美水が属していた体育科の職員室は、体育館の一階にあり、ここから各棟に行くには一旦外に出て、ふきさらしの渡り廊下を歩いて行かなければならない。

(当事者間に争いがない事実)

6  気象条件

本件災害前数日間の八王子市の気象状況は次のとおりである。

四月一三日 平均一三・六度 最高一四・四度 最低一二・六度

一四日 平均一四・二度 最高一八・八度 最低 九・三度

一五日 平均七・〇度 最高 八・九度 最低 五・八度

一六日 平均六・六度 最高 八・二度 最低 四・〇度

一七日 平均六・六度 最高一〇・二度 最低 二・八度

気象条件は冠動脈硬化の促進因子ではなく、狭心症、心筋梗塞の引金としての意義がある。一日の平均気温が一〇度以下の寒い日に心筋梗塞の発生が多く、とくに零度以下の日には多発しているとの検討結果がある。

五  公務と死亡との関連性

原告は、美水が、昭和五四年度三学期において平常勤務のほかに運動場の整地等の強度の肉体的負担を伴う業務を遂行し、卒業式の準備の実質的責任者、卒業式の進行係を果すなど精神的負担を伴う業務を行い、春休み中も次年度担当の保健部の仕事、連日の野球部の指導を行い、一年で最も多忙な新学期に入り、四月に集中する保健部の仕事のほか、体育の授業、野球部の指導を遂行する中で肉体的、精神的疲労が蓄積して行ったところ、異常な寒冷気候のなかで多忙な身体計測等の業務に従事したことが、四月一六日の狭心症の発症、一七日の心筋梗塞の発症による死亡へと急激な病状の進行をもたらした、と主張する。

昭和五五年三月から四月にかけては確かに卒業式、入学式、身体計測等の行事があり、美水は熱心に各仕事に従事し、また、新学期当初は緊張を伴うことがあったことは認められる。他方、前記各認定によれば、美水の担当教科の受け持ち時間数は週一六時間で同僚教諭と同一であり、校務分掌及びクラブ活動顧問の業務も他の教諭も分担している業務であったこと、美水は、勤務経験豊富な教諭であり、前記認定のとおり、卒業式翌日の三月九日、一四日、一六日は勤務しておらず、三月二三日から四月六日までの一五日間は春季休業日であり、その間美水が登校に従事したのは、保健部の打ち合わせ、クラブ活動の指導のための五日であること、右各行事等は他の教諭も仕事を分担しており、指導監督的業務も含まれており、美水は、死亡前日に至るまで、主にクラブ活動指導が超過勤務となる場合もあったが、各日午前八時過ぎから午後五時ころまでの範囲で比較的規則正しく職務を行っていたものであり、深夜勤、出張などはまったくないことを勘案すると、本件災害前の公務遂行が肉体的に回復困難なほどの疲労をもたらし、精神的に過激な緊張を強いるものであったとは認められない。そして、美水には前記認定のとおりの体質的素因等があり、冠動脈硬化の症状があったものと認められることから、当日の気温が一〇度を下まわる寒冷であったことを考え合わせても、美水の従事していた前記公務の遂行が、四月一六日の狭心症、一七日の心筋梗塞発症の相対的に有力な原因であったと認めることは困難である。

なお、原告は、四月一六日朝の狭心症の発作の公務起因性についてひとまず措くとしても、右狭心症発作を起こしたのであるから、その後の業務の遂行は、美水にとって過重なものであり、その健康状態を急激に悪化させて、心筋梗塞を発症させたものであると主張する。しかしながら、診療医学的には、美水は狭心症発症後安静にしておくべきことが望ましかったといえるが、急性心筋梗塞の発症の原因は多様であって、肉体的労働が直結するものではなく、安静時等にも発症することが多く、狭心症発症後美水が従事した公務は強度の精神的疲労をもたらすものとはいえないこと、美水には心筋梗塞を発症のリスクファクターとなる前記体質的素因等があったこと等の前記認定からは、やはり公務の遂行と心筋梗塞発症との間には相当因果関係の存在を認めることはできない。

《証拠省略》中には、美水には心筋梗塞発症前仕事の急迫性、急激な身体負荷及びこれらの複合があり、美水の死亡は公務に起因すると考えられるとの部分があるが、前記認定の美水の体質的素因、勤務状況等に照らすと、採用することができない。

さらに、原告は、美水が四月一六日に発作を起こしたのであるから、当局は、業務遂行が本人にとって健康を悪化させることにならないかを慎重かつ客観的に判断し、適切な指示を与えなければならないにもかかわらず、その後も美水を多忙、過重な業務に従事させたことは、労働安全衛生規則六一条の規定の趣旨からも当局の重大な健康管理義務違反を構成し、また、職場の安全衛生管理体制の欠陥により、この点からも公務と美水の死亡との間には相当因果関係が認められると主張する。しかしながら、前記のとおり、地方公務員災害補償法にいう公務上死亡とは、死亡と公務との間の相当因果関係、すなわち公務の遂行が相対的に有力な原因となって死亡の結果を招いたといえるかどうかであって、公務と使用者の健康管理義務違反の有無は、直ちに地方公務員災害補償制度上の公務起因性の判断に結び付くものではないから、右主張は失当である。

六  以上を総合すれば、美水に生じた心筋梗塞は、美水の有する体質的素因の自然的増悪が有力な原因となって発症したものというべきであって、公務の遂行が相対的に有力な原因であったとは認められず、結局公務と右疾患発症との間の相当因果関係は認められない。

したがって、美水の死亡に公務起因性があるとは認められないから、これを公務外と認定した被告の本件処分に違法はない。

(裁判官 長谷川誠)

<以下省略>

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